
厚生労働省の2025年国民生活基礎調査では、1世帯当たり平均所得が575万2千円に増えた一方で、生活が「苦しい」と答えた世帯は55.4%でした。数字だけを見ると景色は明るく見えますが、家計の実感はそれほど単純ではありません。
ニュースで「平均所得が増えた」という見出しを見ると、暮らし向きも少しは楽になっているのではないか、と感じる人は少なくありません。ところが、同じ資料の中には、平均だけでは読み切れない数字がいくつも並んでいます。2025年調査で公表された平均所得575万2千円は、2024年1月から12月までの所得を集計したものです。一方で、生活意識は2025年7月10日時点の回答です。つまり、所得の数字は前年分、生活の苦しさはその後の物価や固定費の重さも含んだ実感に近い指標です。
この時間差だけでも、平均所得が上がったのに生活は楽にならない、と感じる理由の一部は見えてきます。さらに、平均値は高い所得層の影響を受けやすく、家計の「真ん中」の感覚とはズレやすい数字でもあります。実際、同じ厚生労働省の資料では中央値が451万円で、平均所得以下の世帯は61.5%でした。平均より下の世帯が6割を超える以上、「平均まで届いていない」と感じる人が多いのは自然です。
この記事では、厚生労働省の最新公表資料を軸に、平均所得575万円と「生活苦しい」55.4%がなぜ同時に成り立つのかを、家計目線で順番に整理します。結論を先に言うと、大事なのは平均所得だけを見ることではなく、中央値、固定費、借入、物価上昇、そして自分の手取りの増え方を一緒に見ることです。統計を不安材料として受け取るのではなく、自分の家計点検に引き直すための材料として読むと、必要以上に振り回されにくくなります。
まず確認したい3つの数字
今回の話を理解するうえで、まず押さえたい数字は3つあります。1つ目は、2025年国民生活基礎調査の「全世帯の平均所得金額」が575万2千円だったことです。これは前年から7.3%増でした。2つ目は、所得を低い順から並べた真ん中に当たる中央値が451万円だったことです。3つ目は、生活意識について「苦しい」と答えた世帯が55.4%だったことです。
この3つを並べると、平均所得は上がっているのに、真ん中の家計水準はそれより低く、しかも半数超の世帯が苦しさを感じている、という構図になります。見出しだけを読んだ時の印象より、かなり複雑です。平均所得575万円という数字だけで「家計は改善した」と受け取ると、生活実感とのズレが大きくなります。
もう少し丁寧に見ると、児童のいる世帯の平均所得は857万3千円でしたが、生活が苦しいと答えた割合は61.5%です。母子世帯では「苦しい」が82.1%に達しています。所得水準が一定程度あっても、教育費、住居費、保育関連費、食費の増加が重なると、余裕の実感は別問題になりやすいことが読み取れます。
つまり、所得の額面だけではなく、「その世帯が何人で暮らしているか」「子どもがいるか」「借入があるか」「毎月出ていく固定費がどの程度か」を合わせて見ないと、実感に近い評価にはなりません。厚生労働省の統計は、そのズレを示す入口としてかなり有用です。
平均所得575万円で暮らしが楽に見えにくい理由
平均値は便利ですが、家計の読み方としては少し注意が必要です。なぜなら、平均は一部の高い所得に引っ張られやすいからです。たとえば、10世帯のうち一部にかなり高い所得の世帯があると、平均は上に持ち上がります。それでも、多くの世帯の実感が同じように良くなるとは限りません。
今回の資料では、平均所得以下の世帯が61.5%でした。これは、平均より下にいる世帯の方が多数派だという意味です。平均575万円という言葉だけだと、「普通の世帯はこのあたりなのだろう」と受け取りがちですが、実際の真ん中は451万円です。約124万円の差があるので、ここを見落とすと統計の印象が大きく変わります。
さらに、所得は税金や社会保険料を差し引く前の概念で語られる場面が多く、日々の支出と直接つながる「自由に使えるお金」とは一致しません。家計の苦しさは、可処分に近い感覚で決まります。額面が増えても、社会保険料や各種負担が増えれば、手元に残る感覚は弱くなります。ここでも、ニュースの見出しと生活実感のズレが起こります。
また、世帯の人数が違えば同じ575万円でも負担感は大きく変わります。単身世帯と4人世帯では、食費、光熱費、教育費、通信費のかかり方が違います。住宅ローンの有無でも毎月の固定費は変わります。統計は全体像を見るには役立ちますが、個別の家計にそのまま当てはめるには無理があります。
このため、「平均所得が上がったのに苦しいのはおかしい」と考えるより、「平均所得は上がっても、生活実感には別の要因が残っている」と読む方が自然です。今回の調査は、その別の要因を考えるきっかけになります。

生活が苦しいと感じる背景にある固定費
生活意識が改善しにくい最大の理由のひとつは、固定費の重さです。食費のように買い方を工夫しやすい費目もありますが、家賃、住宅ローン返済、保険料、通信費、教育関連費、車の維持費、各種サブスクのような毎月自動で出ていく支出は、短期間では減らしにくい傾向があります。
総務省統計局の2026年5月の全国消費者物価指数では、総合が前年同月比1.5%上昇、生鮮食品を除く総合が1.4%上昇、生鮮食品とエネルギーを除く総合が1.8%上昇でした。物価の伸びが急激ではなく見えても、毎月の固定支出にじわじわ乗ると、家計の体感は重くなります。特に、教育、住居、通信、保険のように「簡単には切れない支出」が多い世帯ほど、苦しさは残りやすくなります。
物価上昇は一度に大きく来るだけが問題ではありません。数%の上昇でも、毎月必ず払う項目に重なると、年間ではかなりの差になります。仮に月3万円分の支出群が2%上がれば年7,200円、月10万円分なら年2万4,000円です。これが複数項目に広がると、「なんとなく毎月苦しい」という感覚になります。
固定費は、節約の努力だけで吸収しにくいのも特徴です。日用品や外食を少し抑えても、家賃や学費や保険料の重さが変わらなければ、生活改善の実感は出にくくなります。こうした構造的な重さは、平均所得の上昇より先に家計を圧迫します。
特に子育て世帯で苦しさの割合が高いのは、この固定費の層が厚いからだと考えやすいです。食費だけでなく、習い事、教材、通学関連、医療、衣類、住まいの広さ確保など、人数増とライフステージの影響を強く受けます。平均所得857万3千円という数字だけでは、この負担を打ち消せません。
借入のある世帯は負担感が跳ねやすい
厚生労働省の同じ資料には、貯蓄と借入の状況もあります。2025年時点で「借入金がある」全世帯は23.5%、1世帯当たり平均借入金額は362万5千円でした。児童のいる世帯では「借入金がある」が54.3%、平均借入金額は1,226万2千円です。住宅ローンを含む借入が家計に与える影響の大きさがわかります。
借入がある世帯は、金利や返済期間、教育費のピーク時期などの影響を受けやすく、同じ所得でも可処分に近い感覚がかなり変わります。しかも、返済は優先度が高いため、収入が増えてもそのまま余裕にはつながりにくい面があります。平均所得が上がったというニュースより、返済と固定費の合計が月いくらかの方が、家計にとってはずっと重要です。
家計の苦しさを判断するうえでは、「借金があるかないか」だけでは足りません。毎月返済額はいくらか、変動の影響を受けるか、教育費や車検や更新料のような年単位イベントと重なるか、という見方が必要です。統計上の所得上昇があっても、こうした支払いの重なりで実感は簡単に消えます。
一方で、借入があること自体が悪いという意味ではありません。住宅取得や子育て期の資金繰りでは普通に起こることです。問題は、返済が家計の見直し余地をどれだけ削っているかを把握していないことです。統計に不安を乗せるより、返済比率や固定費比率の把握に使った方が意味があります。
賃金が増えても実感が追いつかないのはなぜか
厚生労働省の毎月勤労統計調査2026年5月分結果速報では、事業所規模5人以上の現金給与総額は31万1,165円で前年同月比3.2%増でした。名目賃金だけを見れば増えています。しかし、同じ資料では消費者物価指数で実質化した現金給与総額は1.4%増にとどまっています。増え方は物価に削られています。
この差は、家計の実感を考えるうえで重要です。名目では上がっているのに、実質の伸びが小さいと、買える量の増え方は限定的です。しかも、ボーナスの有無、雇用形態、業種、地域差によって増え方はかなり違います。平均的な賃上げが報じられても、自分の勤め先や自分の働き方にそのまま当てはまるとは限りません。
加えて、家計は1か月単位ではなく年単位でも揺れます。更新料、税金、学費、保険料見直し、帰省費、修繕費のような不定期支出が重なると、月々の給与増より印象が強く残ります。その結果、「収入は増えたはずなのに楽ではない」という感覚になります。統計上は矛盾していても、生活実感としてはごく自然です。
今回の厚生労働省調査で「苦しい」が55.4%だったことは、賃金の増減だけでは家計改善を説明できないことを示しています。所得、物価、固定費、借入、家族構成をまとめて見る必要がある、という当たり前のことを数字が再確認させた形です。
では家計では何を見ればいいのか
統計を見て不安になるより、まず自分の家計で確認したい点は3つです。1つ目は、手取りに対する固定費の割合です。家賃や住宅ローン、保険、通信、車関連、教育関連など、毎月ほぼ自動で出ていく額をまとめると、家計の硬さが見えます。ここが高いと、少しの物価上昇でも苦しく感じやすくなります。
2つ目は、借入と年払いの予定です。住宅ローン、カード分割、教育ローン、車ローンだけでなく、税金、更新料、保険年払い、修繕費の予定を1年分で並べると、月次の見え方が変わります。毎月黒字でも、年単位で赤字なら体感は改善しません。
3つ目は、手取りの増え方と支出の増え方の差です。昇給や時給上昇があっても、食費、外食、日用品、教育関連、保険料、住居費の増え方がそれを上回っていれば、生活が軽くなった感覚は出ません。平均所得や平均賃金ではなく、自分の前年差で確認するのが実用的です。
ここで大切なのは、節約だけを正解にしないことです。家族構成や住環境によっては減らしにくい支出が多く、無理な圧縮は長続きしません。固定費の質を見直す、更新時期に条件を確認する、不要な重複契約がないか点検する、といった「重い項目から見る」やり方の方が、統計の読み方としても実務的です。
加えて、家計簿をつけていない場合でも、通帳やカード明細、家賃や保険の引き落とし一覧を3か月分並べるだけで傾向はかなり見えます。細かな節約メモより先に、毎月必ず出ていく支出を先に把握する方が効果的です。統計で見る「生活が苦しい」という感覚は、たいていこの固定的な支出の厚みと結びついています。
もし家計の見直しを進めるなら、判断順はシンプルです。まず住居費、通信費、保険料、車関連費の順に「本当に今の契約が合っているか」を確認し、そのあと食費や日用品の無理のない調整に進む方が、疲れにくく成果も残りやすくなります。税や給付、社会保険の扱いは働き方や世帯条件で変わるため、具体的な制度判断が必要な場合は勤務先や自治体の案内も併せて確認した方が安全です。
統計の読み方で見落としやすい点
今回のような家計統計で見落としやすいのは、平均と実感の間にある「時点の違い」と「世帯の違い」です。所得575万2千円は2024年1月から12月の所得ですが、生活意識は2025年7月10日時点です。この間に物価や賃金、家族の状況、教育費、更新料などは動きます。したがって、所得が増えた年と、苦しさを答えた時点の暮らしは完全には重なりません。
また、平均所得は全国をならした数字なので、地域差も吸収されています。家賃の高い都市部、車が必需になりやすい地域、私立進学率が高い地域では、同じ所得でも生活感は変わります。全国平均を見て自分の家計を低く評価しすぎる必要はありませんし、逆に平均を上回っているから安心とも言い切れません。大切なのは、自分の生活圏で毎月何が重いのかを把握することです。
さらに、所得が増えた背景にも注意が必要です。残業増、賞与増、世帯内の就業者増で一時的に数字が伸びている場合、翌年以降も同じペースで続くとは限りません。家計の支えとして期待しすぎると、固定費を高めた後で調整しにくくなります。統計を見る時ほど、増えた理由と続くかどうかを分けて考える方が実用的です。
厚生労働省の調査はどう受け止めるべきか
今回の調査は、「日本の家計は一律に悪化した」あるいは「所得が増えたから安心だ」と断定するための資料ではありません。そうではなく、平均の上昇と苦しさの継続が同時に起きうることを示した資料として読むのが妥当です。家計の景色は一枚岩ではなく、世帯構成や負担構造でかなり違うということです。
特に、2025年調査の平均所得は2024年の所得、生活意識は2025年7月時点、賃金や物価の最新値は2026年春から初夏の公表値です。時点が少しずつ違うため、単純な一直線で読むより、「いくつかの別の数字が同じ方向を向いているか」を見る方が誤解が少なくなります。今回でいえば、平均所得は増えたが、中央値はそれより低く、苦しい世帯は半数超で、物価上昇と実質賃金の伸びの小ささも続いている、という重なりです。
だからこそ、ニュースを見た時の反応は「景気がいいのか悪いのか」ではなく、「自分の家計ではどの数字が効いているのか」に向けた方が有効です。住居費なのか、教育費なのか、借入なのか、税や保険料の負担感なのか。この切り分けができると、統計の見え方はかなり変わります。
まとめ
厚生労働省の2025年国民生活基礎調査では、1世帯当たり平均所得は575万2千円に増えました。しかし、中央値は451万円で、生活が「苦しい」と答えた世帯は55.4%でした。数字は明るく見える部分と重く見える部分を同時に含んでいます。
読み解くポイントは、平均所得だけで家計を判断しないことです。平均より下の世帯が61.5%あること、子育て世帯や母子世帯では苦しさの割合がさらに高いこと、借入や固定費が家計の余裕を削りやすいこと、そして賃金が増えても物価差し引きでは実感が弱くなりやすいことを合わせて見る必要があります。
家計で確認したいのは、固定費、借入、手取りの増え方の3点です。統計は不安をあおるためではなく、自分の数字を点検するための入口として使うと役に立ちます。平均575万円という見出しだけで安心も悲観もしないことが、今回の調査から受け取りたい一番大きな教訓です。

